鉄筋コンクリート内部の鉄筋は、通常不動態皮膜という緻密な酸化被膜に覆われており、鉄筋腐食を防いでくれています。
しかし、実際の鉄筋コンクリート構造物では鉄筋腐食が発生している例が多々あります。
何らかの要因によって不動態皮膜が消失し、鉄筋腐食に至っているのですが、一体どういったメカニズムで不動態皮膜は消失してしまうのでしょうか?
そもそも不動態とは何なのか、どんな化学式で表現できるのかなど、そのメカニズムを紹介していきます。
不動態とは?
まず、そもそも不動態とは何なのでしょうか?高校の化学でも習った言葉なのですが、覚えていますか?
辞書で引くと、以下のように出てきます。
硫酸中に鉄Fe試片を浸漬し,これを陽極として働かせると,電極電位が高くなるにつれて金属の溶解が盛んになり,電流密度は増加する。しかし,ある電極電位に達すると,電流密度は急激に減少して,Feの溶解がほとんど止まった状態になる。これと類似の現象はFe以外にもニッケルNi,コバルトCo,クロムCrなどにも観測される。これは金属の表面にきわめて薄い不溶性かつ絶縁性の薄膜(多くは酸化物,または水酸化物)が生成したためと考えられ,この状態を不働態,生成したと考えられる薄膜を不働態皮膜と呼ぶ。
-世界大百科事典 第2版より
鉄などの金属を酸性の希硝酸などの酸に漬けると、腐食(酸化)が進行していきます。
しかし、例えば鉄をより酸性の強い濃硝酸に漬けてみると、鉄の表面には急激に酸化が進行して反応しなくなった緻密な膜ができ、それ以上鉄の腐食が進行することはなくなります。
これを「不動態」と呼びます。
ちなみに、金属の中で不働態を生じるのは鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)、コバルト(Co)くらいです。「手にある黒いコーラ」って覚えるそうですよ。
同じ現象は酸性の液体に漬けたときだけでなく、アルカリ性の液体に漬けたときにも発生します。
不動態はステンレス鋼にも利用されています。ステンレス鋼はクロムとの合金で、ステン・レス(ステン=stain=さび、レス=less=ない)なのは、クロムの不動態皮膜に覆われているからなのです。
鉄筋の不動態皮膜
先にも触れたように、鉄筋の周りは不動態皮膜に覆われており、腐食速度を極めて低く抑えてくれています。
これは、コンクリートが強アルカリ性であるためです。種類にもよりますが、コンクリートのpHは12~13程度で、鉄筋の不動態皮膜ができるのに十分な強アルカリであると言えます。
この不動態皮膜の厚さは20~60Å(”オングストローム”=10-10m)と非常に薄いのですが、非常に緻密な被膜で、外部との電子のやり取りをシャットアウトし、鉄筋の腐食を防いでいます。
不動態皮膜は複数の酸化物の膜で形成されているという説もありますが、不動態皮膜の主成分はγ-Fe3O4・nH2Oという水和酸化物と言われており、自然界で発生することは稀であると考えられています。
不動態皮膜の消失
では、不動態皮膜に覆われて外部との電子のやり取りがないはずの鉄筋がなぜ腐食するのでしょうか?
それは、何らかの原因で不動態皮膜が消失してしまうからです。その原因として挙げられるのが、反応性の高い陰イオンの作用とアルカリ性の消失です。
陰イオンの作用
不動態皮膜は、塩化物イオンなどのハロゲンイオン(Cl–、Br–、I–)、硫酸イオン(SO42-)、硫化物イオン(S2-)などが作用すると破壊されやすくなります。
これは、これらのイオンが金属との反応性が非常に高いため、不動態皮膜の金属イオン(=鉄イオン)と結合してしまうためです。
このように不動態皮膜の金属イオンとハロゲンイオンが反応すると、不動態皮膜の一部が破壊され、その部分をアノードとして鉄筋腐食が発生していってしまいます。
このように不動態皮膜が破壊される現象として代表的なのは塩害ですね。Cl–の作用によて鉄筋腐食が発生しやすい環境が出来上がってしまうんです。
アルカリ性の消失
先に述べたように、コンクリートは強アルカリ性です。不動態皮膜はアルカリ環境下で発生するため、コンクリートの強アルカリ性が弱まってしまうと消失してしまいます。
不動態皮膜はpHが11程度以上で発生すると言われています。コンクリートはpHが12~13程度ですので、不動態皮膜が生成されるには十分ですね。
どのようにコンクリートのアルカリ性が弱まることにより鉄筋腐食が発生する劣化機構は中性化と呼ばれています。
中性化は、空気中の二酸化炭素が原因で生じてしまうため、コンクリートが空気に触れている場合は生じてしまう可能性があります。
不動態「被膜」?or不動態「皮膜」?
不動態皮膜という単語の出てくるの文献を読んでいると、「被膜」と言われたり「皮膜」と言われていたりします。これらはどちらが正しいのでしょうか?また何か使い分けはされているのでしょうか?
明確な定義についてははっきりとしませんが、基本的には表面にある薄い膜については「皮膜」、金属を包んでいる(被っている)膜という意味では「被膜」という使い分けがされていると考えられます。
このサイトでは一つ一つ使い分けはしていませんが、膜自体の物性について述べる場合もあるので、不動態皮膜という言葉で統一しています。
まぁ、どちらを使っていても実務上問題になることはないと思いますが、コンクリート標準示方書でも不動態皮膜の漢字が使用されています。
なお、被膜の文字と同様に、不”動”態と不”働”態という両方の記載が見られることもあります。
これについては、最近は不”動”態とされる場合が多くなっているようです。ただ、昔から用いられてきたのは不”働”態が多いと思います。
本サイトではコンクリート示方書に合わせて不動態としていますが、これについても2者に大きな差はありません。
まとめ
不動態皮膜について解説をしてきました。不動態皮膜の存在についてはご存知の方も多いでしょうが、その物性自体に着目することは少ないのではないでしょうか?
- 鉄筋はコンクリートのアルカリ性によって不動態を生成する
- 不動態皮膜によって鉄筋は腐食の進行から守られている
- 不動態皮膜の厚さは20~60Åで、主成分はγ-Fe3O4・nH2O
- 塩害や中性化により不動態皮膜は破壊される
不動態皮膜は鉄筋腐食を防ぐ大切な役割を持っています。その物質自体に関する詳細な知識も持っておきたいですね。
コメント
不導体の導はみちびくの方の導ではないのでしょうか
ご覧いただきありがとうございます。「不導体」は電気を通さない物質のことですね。
「不動態」(または「不働態」)は、酸化が急激に進むことによって酸化反応がほとんど起きなくなるような状態のことを言います。
この記事では、酸化(≒腐食)が進まなくなった皮膜のこと(不動態皮膜)について述べていますので、「不動態」の漢字で間違いありません。