鉄筋コンクリート構造物において、鉄筋腐食は構造的にも機能的にも深刻な影響を与えかねません。
コンクリート構造物の維持管理のためには、鉄筋腐食をできる限り抑えることが重要です。
しかしながら、鉄筋腐食を完全に抑え込むのは現実的には難しく、実際は鉄筋腐食の有無やコンクリートの変状等を観察しながら、必要な保守保全を行っていっています。
その中で、コンクリート表面の変状などから鉄筋腐食を推定するのではなく、電気化学的な手法を用いて鉄筋腐食の発生を非破壊で推定する技術が生まれてきました。
本記事では、鉄筋腐食の発生を推定する技術として代表的な、自然電位法と分極抵抗法について解説していこうと思います。
自然電位法
概要
自然電位法とは、鉄筋腐食により変化する鉄筋表面の電位を測定し、鉄筋腐食の発生を推定する方法です。
電流を流すわけではなく、照合電極と鉄筋との電位差を直接計測することによって診断を行っていきます。
非破壊試験の歴史としては比較的古く、1950年代に初めて適用され、1970年代には規格化されました。
メカニズム
鉄筋腐食は、腐食部の鉄筋がで電子を放出され、コンクリート中の酸素や水と反応し、水酸化物イオンとなることによって生じます。
電子がこのように鉄筋腐食部で流れているため、鉄筋腐食部では腐食電流と呼ばれる電流が発生しています。
鉄筋腐食が進行しているときにはこの腐食電流も大きく流れています。すなわち、腐食部の鉄筋から多くの電子が放出されていることになります。そのため、腐食部の電位はマイナス側に変化していると考えられます。
自然電位法では、この電位を測定することによって鉄筋腐食の可能性を診断しているのです。
診断方法
自然電位法では、水をしみこませたスポンジなどを介して照合電極をコンクリート表面に設置し、鉄筋と直接接続した回路に電位差計を設置することで照合電極と鉄筋との電位差を計測します。
照合電極は銅硫酸銅電極や銀塩化銀電極などが用いられ、鉄筋との電位差を測定します。この照合電極の電位は下の表に示すとおりです。なお、この「電位」とは、照合電極が標準水素電極を0Vとしたときの電位を指しています。
計測結果は-0.30V vs CSEというように、どの照合電極との電位差を示しているかを明記します。この鉄筋と照合電極との電位差がいくらになるかで鉄筋腐食の可能性を診断するのですが、診断するときは以下の表に従って「腐食の可能性」を求めます。
自然電位が小さければ腐食可能性が高く、大きければ腐食可能性が小さいですね。
この計測結果は等電位線を作成するなどして活用します。
注意点
自然電位法では、調査時点でコンクリート内部の鉄筋が腐食する環境にあるかどうかを診断しています。
そのため、腐食がかなり進行した段階では自然電位法による鉄筋腐食の推定はできません。腐食初期、コンクリート表面に腐食ひび割れが発生するまでが適用の限界であると言えます。
ただ、腐食が進行していれば外観でわかる場合も多いので、非破壊で鉄筋腐食の初期状態が推定できることには大きな意味があると考えていいでしょう。
また、コンクリート表面が十分湿っていることが診断可能な条件です。コンクリートが乾いていて絶縁体のようになってしまっている場合や、表面塗布されていたり、エポキシ鉄筋が使用されていたりすると電位差が計測できないことにも注意しましょう。
分極抵抗法
概要
分極抵抗法とは、コンクリート表面に電極を設置し、その電極から鉄筋へ電流を流すことにより「分極抵抗」を計測し、鉄筋の腐食速度を計測する方法です。
自然電位法とは違い、コンクリート表面の外部電極から鉄筋へ電流を流すことにより計測を行う方法です。
分極抵抗とは、「分極」が起きたことによる「抵抗」のことを言います。
そもそも「分極」と言うのが電気化学で使用される専門用語で、あまり馴染みがありませんが、簡単に言うと、電流が流れることによって外部電極の電位が(自然電位から)変化することを言います。
外部電極の電位が変化すると、鉄筋との間の電位差も変化します。その電位差によって生じる電流に対する抵抗のことを分極抵抗と呼んでいます。
メカニズム
分極抵抗法では、コンクリート表面の外部電極から鉄筋へ電流を流し、分極抵抗を計測することによって、分極抵抗と反比例の関係にある腐食電流密度を求めることによって腐食速度を推定します。
分極抵抗は、外部電源の影響によって外部電極の電位がΔE変化したとします。そして、それによってΔIの電流が流れたとすると、オームの法則より、分極抵抗RPを用いて以下の式が成り立ちます。
ΔE = RP・ΔI
また、前述のようにこの分極抵抗は腐食電流密度Icorrと反比例の関係にあるので、以下の式で表現できます。
Icorr = K・1/RP
ここで、Kは比例定数であり、環境条件等によって変化しますが、コンクリート中の鉄筋では0.026Vがよく用いられているようです。
外部から流す電流は直流の場合と交流の場合の両方が考えられ、それぞれ直流法、交流法と呼ばれていますが、近年は交流法が一般的になっており、交流インピーダンス法か交流矩形波電流分極法が主に用いられます。
ここでは最も一般的な交流インピーダンス法について説明していきます。
交流インピーダンス法は、以下のような回路を用いて説明されています。
交流電圧を発生させた場合、高周波数の交流の場合は電気容量Cdlがほとんど充電されず、低周波数の交流電圧を発生させた場合はCdlが十分に充電されます。
よって、高周波数の場合は電流がRs~Cdlの経路を流れるため、回路全体の抵抗はRsとなり、低周波数の場合は電流がRs~Rctを通るため、回路全体の抵抗はRs+Rctとなります。
交流インピーダンス法では、周波数の大きい交流と小さい交流の2種類を用いることによって溶液抵抗Rsと分極抵抗Rctを同時に求めることができます。
診断方法
分極抵抗の計測は、下図のような3電極方式と呼ばれる方式で行われます。
「3電極」とは、対象となる鉄筋(WE)、照合電極(RE)、電流を流す対極(CE)です。
これらと「診断器」で成り立っているのですが、この機器で複雑な解析を行う必要があります。近年は持ち運べる機器も開発され、実用化されています。
腐食速度の判定は、自然電位法のように規格化はされていませんが、様々な国や研究機関で評価基準が出来上がっています。一例として、ヨーロッパコンクリート委員会(CEB)基準を記載しておきます。
(「分極抵抗」と「腐食損失速度」はCEB基準にはありませんが、表中の値と対応しています。)
腐食が進行している場合は分極抵抗が小さくなります。この関係性は重要ですので覚えておきましょう。
正確ではありませんが、腐食部は自然電位が低い状態となっています。そのため、相対的に分極による電流が流れやすく、抵抗が小さくなることが原因と考えられます。
注意点
分極抵抗法も腐食劣化の初期の段階の診断に用いられます。
コンクリート表面から鉄筋へ電流を流すため、コンクリート表面が湿潤状態である必要があり、自然電位法と同様に、絶縁体によるコンクリート表面保護やエポキシ鉄筋が使用されていると電流が流れないため計測できません。
また、分極抵抗法を用いる際にはひび割れや浮き、剥離の無い部分を選定しないと計測ができません。
まとめ
自然電位法と分極抵抗法について解説してきました。
- 自然電位法は照合電極と鉄筋との電位差を測定し、腐食速度を推定する。
- 自然電位が大きければ腐食速度が大きく、自然電位が小さければ腐食速度は小さい。
- 分極抵抗法は外部電源による電位の変化から抵抗を測定し、腐食速度を推定する。
- 分極抵抗が大きければ腐食速度が小さく、分極抵抗が小さければ腐食速度は大きい。
コンクリート内部の鉄筋腐食を診断する非破壊手法として比較的古くから用いられている方法なので、その診断方法や仕組みについて理解しておきたいですね。
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