辛くても大学に行く理由-受験経験のある技術者の意見

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毎年冬~春に行われる大学受験。

たくさんの人がその日のために必死に勉強し、夢かなったり、残念な思いをしたり、いろんなドラマが繰り広げられます。

私も昔、同じように大学受験を経験し、土木系学科で学んで卒業しました。
当時は必死に勉強し、何とか第一志望の大学へ進むことができました。

大学受験とは辛いもので、頑張っても成績が伸びるとは限らないし、遊ぶ時間も厳しく制限する必要があります。

また、大学へ入ることができても、お金がかかりますし、講義に出たくないときもあるでしょう。いい就職先に出会える保証もありません。

では、そこまでしてなぜ大学に行くのか?ここまで受験勉強に励む意味があるのか?その意味について立ち止まって考えたことがある人も多いのではないでしょうか?

そんな人へ、受験をし、大学で学び、社会に出た人間の一人である私からひとつの考えをお伝えしたいと思います。

大学へ行く意味

大学へ行く意味、と聞いて考え付くのはどんなことでしょうか?

良いところへ就職ができるから、レベルの高い研究ができるから、花の大学生活を謳歌できるから…
いろんな理由が考えられますね。

人それぞれ思いは違っていいですし、意味はひとつではありません。

そんな中、大学を出た今だから思う、大学へ行く意味について書いていきます。

すごい人と出会えるから

私は大学へ行く最も大きな意味が、すごい人と出会えるからだと思っています。

大学は広いです。ほとんどの場合、中学や高校などとは規模が全く違います。当然、そこにはそれまでと比べ物にならないくらいいろんな人がいて、いろんな出会いがあります。

そこではほとんどの人が、自分よりもすごい人に出会えます。

「すごい人」とは、自分よりも頭のいい人や能力のある人、プレゼンのうまい人、もしくは、運動能力の高い人、絵が上手い人、歌が上手い人など様々です。または、物事への取り組み方が尊敬できる人もすごい人と言えるでしょう。

それは大学の友達かもしれませんし、先輩や後輩かもしれません。教授かもしれません。

いずれにせよ、ある程度の専門を選んで行く大学では、今の自分の延長線上にいない人と必ず出会えます。人は目標とする人がいると、その人に追い付くために、追い越すために頑張れるものです。

逆に、目標とする人がいないと、なかなかそのレベルまで行くモチベーションを保てませんし、自分の現在地がわかりません。

走り高跳びで、バーがあると跳べる高さでも、バーがないとなかなかその高さまで跳べませんよね。

目標が見えていることとはそう言うことです。

大学じゃなくてもできる?

大学へ行く意味について私が考えるのは上述の通りです。

ただ、これらは別に大学じゃなくても経験できることでは?と思う人も多いと思います。

確かに、すごい人との出会いは、大学ではなく会社などでもあり得ることだと思います。

ではなぜ大学なのか?

それは、その出会いが早ければ早いほどいいと考えるからです。

人間は、出会った人に強く影響されて成長します。

でも、人生の時間で出会える人は限られています。自分の成長に影響するような人と出会うのは、成長の早い段階の方がより良いと思います。

さらに、例えば就職など、自分の人生の方向性を決定する前段階でその出会いをしておくのが最も良いと考えています。

出会いの人数が増え、かつ、人生の中で早いタイミング。

それが大学であると、私は思っています。

受験勉強は頑張った方がいい!

当たり前ですが、受験をして大学へ行く人は、受験勉強は頑張った方がいいです

辛くても、多少無理しても、です。

より高いレベル~自分の手が届くか届かないかギリギリのところ~の方が、自分と比べてよりすごい人と出会える可能性は高まります

レベルの高い環境で、高い目標を見つけ、そこで自分を研鑽できる。
これはなかなか手に入れられる環境ではありません

卒業してみるとわかりますが・・・

まとめ

大学への進学は大きな決断です。

お金も時間もかかりますし、今までの生活が一変します。

お金や時間などと、上述したような効果を天秤にかけてみて、それでも行きたいと思ったら、必死でそこを目指すことをおすすめします。

「大学での勉強なんて社会で役に立たない」という人もいますが、「役に立てていない」だけだと思いますよ。私は大学での学びが今とても役に立っています。

そして、この道を歩んでよかったと思っています。

皆さんも、頑張ってください!

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